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甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
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望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
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【読書メモ】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ
”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

なお、手短に指摘しておきたいが、1930年から1933年にかけての窮乏化は、今日依然として、しばしば世界大恐慌の不回避的結果だったとみなされている。だが、1919年から1923年にかけてのドイツのインフレが、公債で資金調達され、その後、敗れた戦争の結果の一部でしかなかったのとまったく同じく、この窮乏化も、世界大恐慌の一部でしかなかった。まさに、どちらの場合も一部でしかなかったのである。戦後、適切な時期に通貨改革があれば、ドイツは、すべての貯蓄資産の全面的没収をしなくて済んだだろうし、別の経済政策があれば、ドイツでの世界大恐慌の結果は、激化するかわりに、かなり緩和されたかもしれない。そのような経済政策は、当時、イギリスの学者ケインズだけでなく、ドイツの経済学者たち-たとえばヴァーゲマン-によってもすでに推奨されていた。つなり、たとえ国家歳計のバランスを犠牲にしても、大規模な公共支出-それは「超過支出」とよばれた-によって、経済に再び刺激を与える政策である。ブリューニングは、まったく逆の政策を押し進め、世界大恐慌の結果を激化させ、賠償から逃れるために、ドイツ経済を意図的に完全に衰弱させたのである。上述のように、彼はそれに成功した。もちろんこの成功は、次章で示されるように、内政的には、窮乏化したドイツの大衆をヒトラーのもとへ駆り立てるという犠牲を払って得たものだった。(p182-p183)
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