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甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
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望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
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【読書メモ】マックス・ウェーバー;社会主義(9)
”マックス・ウェーバー (著), 浜島 朗 (翻訳);社会主義 講談社学術文庫 511”

p55より
『共産党宣言』は予言的文書なのであります。それは、社会の私経済的な、俗にいう資本主義的な組織の没落を予言し、さしあたり-過渡的段階として-この社会がプロレタリアートの独裁によって置きかえられることを予言しています。
ところで、この過渡的状態の背後には、人の人に対するあらゆる支配を終わらせないで、プロレタリアートはみずからを隷属から解き放つことはできないという固有な最後の希望が秘められています。これが『宣言』の本来の予言であり、中心的命題なのでありまして、この命題がないなら、プロレタリアート、すなわち労働大衆は、その指導者を通じてまず政治権力を掌握するであろうなどということはけっして書かれはしなかったでありましょう。けれどもそれは、そういわれているように「〔自由な〕諸個人の連合体」に移される過渡的状態であり、したがいまして、これ〔自由な諸個人の連合体〕こそは最終的状態なのであります。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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