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甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
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望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
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【読書メモ】P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第7章(7)
”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

6 指導者原理
p224~p225
全体主義において、指導者が人間であるのは、その肉体だけである。指導者は、精神の世界において、人間の本質としての脆弱性、倫理性、社会性を越えた存在である。彼らはつねに正しい。無謬である。指導者の意思が善と悪を規定する。指導者の地位は、社会の外にあって、社会を超える。社会の規範を超越する。

p226より
ヒトラーの無謬性やムッソリーニの無謬性が、そもそも神秘主義の教義である。これを信ずることでしか、世界と社会を合理の存在とし、耐えうるものとすることはできない。なぜならば、これを信ずることによってのみ、全体主義に対する信仰が可能となるからである。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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