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甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
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望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
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P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第6章(8)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

p159より
特権階級とは、まず自らを犠牲にすべき階級であって、まさに他の者よりも犠牲を払うからこそ特権階級である。「経済人」の社会たる共産主義社会では、経済的な犠牲は、社会的な地位の低下を意味する。これに対し、全体主義社会では、経済的な犠牲は社会的な地位を向上させ、社会的な権力を強化するとされる。

p160より
実際は、犠牲を払わされているのは、労働者階級以外の階級である。彼らは、得るべき利益を強奪され、生活水準の低下を強いられている。今日、生活水準の引き下げは、かつてその水準が高かった者、経済的に恵まれていた者ほど幅が大きい。そもそも所得の購買力が大幅に切り下げられている。
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