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甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
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望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
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P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第5章(2)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

3 ムソリーニとヒトラー
p127より
そして、大衆のものとして根付いていなかった民主主義の実体が崩壊した。実体が崩壊した以上、民主主義の信条、象徴、制度もまた、大衆の側からのいかなる精神的、心理的抵抗も受け入れることなく、またたく間に崩壊した。

4 ドイツのナチズムとイタリアのファシズムの違い
p129より
西ヨーロッパ諸国における全体主義に対する抵抗は、大衆が民主主義に対して抱いている心理的、知的愛着だけである。この大衆の愛着が、民主主義の実体が失われた後においてさえ、民主主義の形式に対し、ある種の実体を与える。しかも、大衆の愛着を伴う伝統の力は強力であり、かなりの長期にわたってその形式の保持を可能とする。

p129より
両国は、国家統一が西ヨーロッパにもたらした利益を享受できず、新秩序による不利益と欠陥をすべて被ることとなった。それは、行政の中央集権化、王家による独裁、法の形式主義、宮廷の華美と浪費だった。さらに悪いことには、両国は、政治的、経済的、思想的に完全に無能化し、西ヨ-ロッパ諸国の意のままにされた。30年戦争からナポレオン戦争にいたる間、ドイツとイタリアがヨーロッパの主戦場だったことが象徴的だった。
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