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甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
    ”Top Page” に戻る。

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望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
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P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第3章(2)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

p64より
これらのことが起こったのは、戦争や恐慌に特有の何かがあったからではない。それは、社会の基盤に対する信頼が崩れたためだった。たしかに、人間の存在と、戦争や恐慌をもたらす社会とは調和しえない。そして、もちろん近代戦争に関するかぎり、戦争はつねに悪である。

p68より
大衆はもはや経済発展のために犠牲を払いたくはないということであり、経済発展にそれだけの価値があるとは考えなくなったことを意味した。彼らにとって、経済発展はもはや最高の目的を達成するための最高の手段ではなくなった。

p70より
自覚しつつ孤独な存在となりうる詩人や哲人、キルケゴールやドフトエフスキーならば、魔物にひるむことなく、正気でいることもできる。しかし普通の人間は、唯物的合理の追求の結果もたらされた計算不能で意味のない力による完全な分子化、非現実化、無意味化、秩序の破壊、個の破壊に耐えることはできない。
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テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

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