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甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
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望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
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P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第2章(2)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

p33より
マルクス自身は、ここで理論化を諦めた。まさに、この問題を満足に解決できなかったことが「資本論」未完の原因だったとされている。しかも彼は、資本主義が「一単位独占」に近づくほど、必然的に中間階層が増加し、特権化していくという最も重大な問題についても触れずじまいだった。しかし、近代大量生産においては、帳簿、技術、製図、購買等の専門科からなる中間階層が、最も重要にして不可欠の存在になる。

p33より
階級のない社会を確立することができなければ、社会主義の目的は、労働者の社会的、経済的地位の向上に限定されざるをえない。そうなれば、社会主義は労働組合主義へと変質する。しかし、この変化はたんなる手段や方法の変化ではない。根本と本質の変化である。

p36より
革命の原因となった恵まれざる大衆にとっての平等は、いかなる方法をもってしても実現できない。たとえ一時的には、ロシアのスタハーノフ運動にみられるように、あらゆる人間が自らの働きによって報酬を受けるというテーゼが喧伝されることがあっても、権力、地位、革命の果実は、結局は新しく生まれた特権官僚の手に渡る。
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