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甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
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望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
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P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第2章(5)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

3 「経済人」の破綻
p48より
あらゆる社会は、人間の本性、およびその社会における位置付けと役割についての概念を基盤として成立している。人間の本性の把握としてどれほど正しいかは別として、この概念は、つねに、それを体現する社会の本質を規定する。最上位の人間活動の領域を示すことによって、社会の基本的な教義と信条を象徴する。

p49より
社会の基盤としての「経済人」の概念が登場してきたことを明らかにしたものが、科学としての経済学の成立と興隆だった。事実、「経済人」の概念が人間の本性をあらわすものとして受け入れられるや、直ちに経済学の発展が可能になったばかりでなく、必然となり、不可欠となった。

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P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第2章(4)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

p45~p46
資本主義の思想的支柱としてのアメリカの重要性は、この前の大戦の直後頂点に達した。アメリカの政治と経済の手法を取り入れれば自由と平等を実現できるかもしれないという希望があったために、敗戦国においてさえ社会の崩壊が防げた。

p46より
資本主義が平等をもたらさないことは、疑いの余地もなく、弁解のしようもなく証明された。経済的な成功、繁栄、進歩が、この資本主義の信条の崩壊を一時的に隠蔽することはできるかもしれない。しかし、もはやそれを元に戻すどころか、その当然の帰結を遅らせることさえできない。
P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第2章(3)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

2 資本主義の約束不履行
p39より
社会秩序および信条としての資本主義は、経済的な進歩が個人の自由と平等を促進するという信念に基づいている。マルクス主義は、そのような社会は私的利潤を廃止することによってもたらされると期待する。これに対して資本主義は、自由で平等な社会は、私的利潤を社会行動の最高の規範とすることによってもたらされると期待する。

p41より
一人ひとりの人間に対し、経済的自由は、経済的な不安定さをもたらした。経済的な利益は何ももたらさなかった。それは、親から譲り受けた小さな土地、市場を守ってくれる関税、ギルドの最低賃金を奪った。あとは技能と才覚次第ということになった。そしてそのような経済的自由が受け入れられたのは、究極的には、社会的、経済的な自由が約束されたからだった。

p43より
平等の約束がいかに重要な意味をもつかは、下層中流階級においてみられる子供を大学に行かせるための涙ぐましい努力に現れている。彼らは、資本主義の枠外にある自由業に、恵まれた世界への道を見い出そうとする。しかし、この道もまた幻想であることが知らされた時、彼らヨーロッパ下層中流階級出身の大卒者もまた、資本主義に背を向けた。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

”社会主義 講談社学術文庫 511”読了。
社会主義


”マックス・ウェーバー (著), 浜島 朗 (翻訳)、社会主義 講談社学術文庫 511”

かなり前に読んであまり印象に残っていなかったのですが、
なんか難しかったというのは覚えています。
今回読んでかなり刺激を受けました。
ウェーバーはナチスの登場を予見していたのではないかと思います。
随所に”P・F・ドラッカー;経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”で描かれているのと同じことがでてくるので、きっとドラッカーは、この本を読んで、読むだけでなく深く理解していたんだろうなと思います。
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”二十世紀を見抜いた男 マックス・ウェーバー物語”読了。
20世紀を見抜いた男

”二十世紀を見抜いた男 マックス・ウェーバー物語”

面白かった。ためになった。しかも分かりやすかった。
読んでいる途中で補足として読まなきゃいけない本が増えて困ちます、この本は(笑)。
それはさておき、大学の教養過程(今あるのか?)で最初に読む本として、いいのではないでしょうか。
というのも”ウェーバー=難解”というイメージがあるので
この本によって、少しでも払拭できたらと思います。
”あとがき”によると今、マックス・ウェーバーは流行りじゃないらしいです(悲)。
ライブドアはこけたけど、日本の社会が、経済が優先されるアメリカ型社会に移行していくと過程において、20世紀初頭に”資本主義”と”官僚制”の問題に警鐘をならしていたウェーバーを読むことは非常に重要だと思いますね。これだけ偉大な社会学者が流行り廃りで論じられるのもとても悲しいです。
しばらくは、ウェーバーとドラッカーを中心に読んでいきます、もちろんシュンペーターも。
P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第2章(2)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

p33より
マルクス自身は、ここで理論化を諦めた。まさに、この問題を満足に解決できなかったことが「資本論」未完の原因だったとされている。しかも彼は、資本主義が「一単位独占」に近づくほど、必然的に中間階層が増加し、特権化していくという最も重大な問題についても触れずじまいだった。しかし、近代大量生産においては、帳簿、技術、製図、購買等の専門科からなる中間階層が、最も重要にして不可欠の存在になる。

p33より
階級のない社会を確立することができなければ、社会主義の目的は、労働者の社会的、経済的地位の向上に限定されざるをえない。そうなれば、社会主義は労働組合主義へと変質する。しかし、この変化はたんなる手段や方法の変化ではない。根本と本質の変化である。

p36より
革命の原因となった恵まれざる大衆にとっての平等は、いかなる方法をもってしても実現できない。たとえ一時的には、ロシアのスタハーノフ運動にみられるように、あらゆる人間が自らの働きによって報酬を受けるというテーゼが喧伝されることがあっても、権力、地位、革命の果実は、結局は新しく生まれた特権官僚の手に渡る。
P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第2章(1)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

第2章 大衆の絶望
1 マルクス主義の失敗
p28~29
マルクス主義の成功は、自由と平等のない資本主義に打ち勝ち、階級のない社会を実現できるかどうかにかかっていた。そして、まさにマルクス主義は、階級のない社会を実現できず、それどころか自由のない硬直的な階級をもたらさざるをえなかったがゆえに教養としての力を失った。

p30より
生産能力の社会化が完成の域に近づくほど、被用者ではあるが特権をもつという、これら中間階層の規模と硬直性が、最下層の未熟練労働者を圧倒した。そして、急速に増大するこれらの官僚的階層は、最下層の未熟練労働者の名のもとに、かつその利益のためと称して、社会的、経済的枠組みを計画し。設計し、方向づけし、運営していくこととなった。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第1章(6)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

p25より
大衆がファシズムに傾倒するのは、その矛盾と不可能にもかかわらずではない。まさにその矛盾と不可能のゆえである。なぜならば、戻るべき過去への道は洪水で閉ざされ、前方には越えるすべのない絶望の壁が立ち塞がっている時、そこから脱しうる方法は魔術と奇跡だけだからである。

p26より
資本主義や社会主義における形式的民主主義では、ファシズムの膨張を防ぐことはできない。組織の栄光を最終目的とする思想に対しては、自由と平等というヨーロッパの伝統を基盤とする新しい秩序をもって対峙しなければならない。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第1章(5)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

4 「背理ゆえに信ず」
p22より
ファシズムの特性は、それ自体いかに重要であるにせよ、表面的な症状があるにすぎない。ファシズムそのものを説明するものではない。しかしそれらの症状は、体のどこが病気であり、それがいかなる種類の病気であるかは教えてくれる。

p24~25
自らの理性や得ている情報に反する奇跡を信じこもうとする。なぜならば、もし奇跡が起こらなければ、考えるも恐ろしい災厄が待ちうけているからである。いずれも、絶望のゆえに奇跡に頼る。ファシズムに傾倒する大衆についても同じことがいえる。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第1章(4)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

p17より
ファシズムによるヨーロッパの伝統の否定のなかでも、とくに重要な意味をもつものが一つある。それは、政治と社会の基盤としての権力を、大衆の福祉向上のためのものとして、正当化しなければならないという、ヨ-ロッパの伝統さえ否定していることである。ヨーロッパの伝統的概念や理念のうち、この権力の正当化ほどファシズムが徹底して馬鹿にしているものはない。
ファシズムは、「権力は自らを正当化する」ことを自明のこととする。今日、このまったく新奇な説が広く受け入れられるにいたっていることほど、ヨーロッパにおいて全体主義革命がいかに進行してしまったかを示すものはない。実際、この教義こそ驚くべきイノベーションである。

p18より
ヨーロッパの伝統に根ざしたあらゆる体制のなかで、権力の正当性こそ中心的な問題である。なぜならば、この考えにたつことによってのみ、自由と平等の概念、あるいはかつて正義といわれていたものを社会的、政治的な現実に結びつけることができるからである。そして自由と平等こそ、キリスト教伝来以来のヨーロッパにおいて、基本的な理念でありつづけてきたものである。しかし、ファシズムにおいては、それも「ユダヤ的自由主義」の 嗤うべき遺物にすぎない。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

また違った視点で面白いです。
20世紀を見抜いた男

”二十世紀を見抜いた男 マックス・ウェーバー物語”

ぱらぱらと読み始めたら、読みやすくて面白いし、知的刺激を受けます。
著者の長部日出雄さんは”テレビで見たことあるなあ”ぐらいしか印象にないのですが、この人は博識ですねえ。
前に読んだ”マックス・ウェーバー 講談社学術文庫”の1、2章とあわせて読むと分かり易いです。まだ170ページぐらいですが楽しみです。
P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第1章(3)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

2 ファシズムの諸症状
p14より
ファシズムに特有の新しい症状は次の三つである。
1 ファシズムは、積極的な信条をもたず、専ら他の信条を攻撃し、排斥し、否定する。
2 ファシズムは、ヨーロッパ史上はじめて、すべての古い考え方を攻撃するだけでなく、政治と社会の基盤としての権力を否定する。すなわち、その支配下にある個人の福祉の工場のための手段として政治権力や社会権力を正当化する必要を認めない。
3 ファシズムへの参加は、積極的な信条に代わるものとしてファシズムの約束を信じるためではなく、まさにそれを信じないがゆえに行われる。

p15より
過去の革命はすべて、知的領域あるいは社会的領域、さらにはこの二つの領域の双方において、年月をかけた根源的な変化があって、初めて起こっている。
P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第1章(2)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

p12より
しかし現実には、いかなる国も戦時中は全体主義的になるという事実が示すように、ファシズムもまた、昨日までの基本のすべてを変え、破壊する。戦争が政治の手段であるならば、新たな武器と新たな戦争の概念のもとにおける国民戦争がもたらす社会体制の変化は、社会秩序と政治秩序の革命的変化を生じざるをえない。

p13より
革命に抗して勝利することのできるのは、革命を革命として認識し、その原因を正しく診断しえたときだけである。革命の本当の原因、唯一可能な原因とは、価値観の変化、とくに人間の本性と、天地万物および社会における人間の位置づけという、最も重要な領域における価値観の根本的、根源的変化である。

P・F・ドラッカー;経済人の終わり、第1章(1)
経済人の終わり

”P・F・ドラッカー (著), Peter F. Drucker (原著), 上田 惇生 (翻訳);経済人の終わり―全体主義はなぜ生まれたか”

第1章 反ファシズム陣営の幻想
1 ファシズムへの誤解
p7より
ファシズムの脅威に対する闘いが身を結んでいない原因は、われわれが何と戦っているかを知らないからである。われわれはファシズムの症状は知っているが、その原因と意味を知らない。ファシズムと闘う反ファシズム陣営は、自らがつくりだした幻影と闘っているに過ぎない。

p8より
三つの誤謬
1 ファシズムは、人間のもつ原初的な野蛮性と残虐性の悪質な発現である。
2 ファシズムは、マルクス主義の必然的かつ最終的な勝利を妨害するための資本主義最後のあがきである。
3 ファシズムは、無知な大衆の下劣な本能に対する巧妙かつ徹底したプロパガンダの結果である。
これら三つの説も、ファシズムの性格と原因の説明としては無意味であり、しかも間違っている。

p11より
ファシズムとの闘いは、民主と自由、権利と尊厳のための闘いである。大衆が、プロパガンダによってそれらの権利を放棄させられうる存在であるのを身と認めることは、このわれわれの信条に根拠がないことを意味する。
P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第4部 第4章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第4章 NPOが都市コミュニティをもたらす
p267より
これからは都市社会の文明化が、あらゆる国、特にアメリカ、イギリス、日本などの先進国にとって最重要課題となる。しかし政府や企業では、都市社会が必要とするコミュニティを生み出すことはできない。それは、政府でも企業でもない存在、すなわち非営利の組織NPOの役割となる。

p270より
都市社会は文化の中心だった。芸術家や学者が活躍するところだった。コニュニティが欠落していたからこそ上方への移動が可能だった。しかし、知的職業、芸術家、学者、さらには豊かな商人、ギルドの熟練職人からなる薄い層の下には退廃があった。無法、強盗、売春があった。
都市社会は病気の巣でもあった。都市が人口を維持できるようになったのは、わずか100年前である。人口は田舎社会からの流入によって維持されていた。都市の平均寿命が田舎のそれに近づきはじめたのも、19世紀に上下水道と公衆衛生が普及した後だった。

p271より
都市社会は田舎社会の強制と束縛から人を解放した。そこに魅力があった。しかしそれは、それ自体のコニュニティをもちえなかったために破滅的だった。
人はコミュニティを必要とする。建設的な目的をもつコミュニティが存在しないとき、破滅的で残酷なコミュニティが生まれる。ヴィクトリア朝のイングランドがそうでだった。今日のアメリカ、そして世界中の大都市がそうである。そこでは無法が幅をきかす。

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P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第4部 第3章
next society
”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第3章 大事なのは社会だ-日本の先送り戦略の意図
p250~p251
日本についての正しい仮説は次のとおりである。
第一が、官僚の優位性はほとんどあらゆる先進国で見られるとの仮説である。
第二が、日本の官僚は、われわれが考えるよりもはるかに耐久力があるというものである。
第三が、先進国では、アメリカを別として、社会の維持にはエリートの指導力が必要とされているというものである
第四が、日本では先送り戦略が有効であるというものである
第五が、日本の政治家、官僚、経済界などの政策形成者にとっては、大事なのは経済よりも社会であって、先送りこそ合理的な戦略であるというものである。

p254より
日本のような、家柄や富ではなく能力に基礎を置く指導層というものにはおそるべき耐久力がある。信用をなくし敬意を失った後も長い間、力を持ち続ける。そのよい例が、かつてのフランス軍部だった。

p255より
自らの力を奪おうとするあらゆる試みを挫折させるという、時のエリート指導層のおそるべき力は日本特有のものではない。先進国、特に民主主義の先進国は、エリート指導層を不可欠とする。何らかの指導層が存在しないことには、社会と政治が混乱に陥る。民主主義そのものが危うくされる。

p257より
非民主的との批判に対しては、ドゴールとアデナウアーのいずれもが、民主主義社会はエリート指導層が存在しなければ解体すると答えた。そのとおりだった。
ワイマール時代のドイツでは、軍部は拒否権を握り続けたものの、第一次大戦の敗戦によって著しく信頼を損なっていた。それまで軍部の風下にあった官僚は、共和制そのものに対する態度で二分していた。ようやく台頭した経済人や専門職業人は、新参者にすぎなかった。このエリート指導層の欠落がワイマ-ル共和国の崩壊を招いた。

p258より
ドイツの偉大な経済学者マックス・ウェーバーは、一般的現象としての官僚の存在を明らかにし、その特質は経験を準則化して自らの行動基準とすることにあるとした。今日の日本の官僚の行動、特に危機的な状況をめぐっての行動は、三つの経験、うち二つは成功、一つは失敗の経験を基準としている。

p264~265より
日本の官僚がいかに考え、いかに働き、いかに行動するかを理解するうえでもっとも重要なことは、日本にとっての優先順位を知ることである。
アメリカでは、安全保障が脅かされるときを除いて、もっとも重要なものは経済であるとされる。しかし日本にとっては、もっとも重要なものは社会である。しかも、ここでも日本が一般的であって、アメリカが例外である。アメリカ以外の先進国では、政治にとって経済は唯一の関心事ではないし、もちろん最大の関心事でもない。経済は制約条件にすぎない。社会こそもっとも重要である。
”マックス・ウェーバー 講談社学術文庫”読了。
マックスウェーバー

”マックス・ウェーバー 講談社学術文庫”

ウェーバーの著作を読む前に、概要を知っておいた方が理解が進むだろうと思い、読みました。
第3部は著作の紹介なのでやはり難しかったですが、訳者安藤英治先生を通して見たウェーバー像を掴むことができ参考になりました。感謝。また、訳者の視点の違いにも重要だと言うことに気付かされました。
P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第4部 第2章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第2章 対峙するグロ-バル経済と国家
p234より
国民国家の政府が自制するとの望みは幻想にすぎなかった。しかし今日では、グローバル経済が各国政府に厳しい制約を課している。国民国家に対し責任ある財政政策に戻るよう圧力をかけている。

p244より
アメリカは世界最大の経済大国であり、今後もその座を維持し続けるに違いない。しかし、グロ-バル経済をアメリカの価値、法律、経済にはめ込む試みは、結局は不毛に終わる。一夜にしていかなる主役も登場しうるグロ-バル経済においては、全能の経済大国はありえない。
いままさに、グローバル経済全体が受け入れ可能な強制力のある価値、法律、経済のルールが必要とされている。グロ-バル経済のためのルールを策定し、執行する力をもつ国際機関と国際法の発展こそ、今日われわれに課された課題である。

p248より
今日、国際赤十字が傷病者と戦争捕虜の処遇に関して行なったことを、民間人とその財産に関しても行なわなければならない。ここにおいても、国際赤十字と同じように、国民国家の主権を相当程度制限することのできるグロ-バル機関が必要とされている。

p248より
この200年を見るかぎり、政治的な情熱と国民国家の政治が、経済的な合理性と衝突したときには、必ず政治的な情熱と国民国家のほうが勝利してきている。

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近代官僚制についてのメモ。
マックスウェーバー


”マックス・ウェーバー 講談社学術文庫”

”3ー6 支配の社会学”、”3ー7 議会と政府”は難しいですが、
”近代官僚制”について重要なことが書かれているというのは直感で分かります。
ちょっとメモ。

p389より
その官僚制が支えている文化全体が完全に没落するのでない限り、官僚制が再び衰微するといった歴史的実例は全くない。しかも、こういう所の官僚制は、相対的にはきわめて非合理的な形態の官僚制であった。すなわち、家産官僚制である。近代官僚制にはこれら昔の一切の事例に比べて際立った点がある。その不可避性が本質的にそれらの事例よりも決定的に結びついている特性、すなわち合理的、専門的な特殊化と訓練とである。

他にも支配の諸類型など重要な記述が盛り沢山です。

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P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第4部 第1章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第4部 社会か、経済か
第1章 社会の一体性をいかにして回復するか?
p230より
これから始まる新たな1000年、あるいは100年におけるわれわれに課された最大の課題が、それらの諸々の組織の自立性を保ちつつ、しかもグローバル企業にあっては主権国家の管轄さえ超えた自立性を保ちつつ、今日では戦時以外は失われてしまった社会の一体性をいかにして回復するかである。

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P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第3部 第4章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第4章 資本主義を越えて
p203~p204
私が支持しているのは資本主義ではなく自由市場主義経済である。うまく機能していないが、他のものよりはましである。資本主義に対しては重大な疑念を抱いている。経済を最重要視し偶像化している。あまりに一元的である。
たとえば、私はアメリカの経営者に対し、所得格差を20倍以上にするなと何度も言ってきた。これを越えると、憤りとしらけが蔓延する。私は1930年代に、あまりの不平等が絶望を招き、ファシズム全体主義に力を与えることを心配していた。残念なことに、心配は当たった。
経営陣が大金を懐に入れつつ大量のレイオフを行なうことは、社会的にも道義的にも許されない。そのような行為が一般社員にもたらす憤りとしらけは、必ず高いつけとなって返ってくる。
人間として生きるということの意味は、資本主義の金銭的な計算では表せない。金銭などという近視眼的な考えが、生活と人生の全局面を支配することがあってはならない。

p205~p206
このような市場の種類や変化に関わる問題に加えて、市場経済理論には均衡を前提とするという欠陥がある。イノベーションどころか変化さえ扱えない。1911年にシュンペーターが明らかにしたように、経済活動の現実は創造的破壊による動的な不均衡である。
今日の理論では市場で起こっていることを説明できない。そもそも市場が予測可能なシステムではない。本質的に不安定なシステムである。不安定である以上、何者といえども自らの行動基盤を既存の市場に置くことはできない。人間行動を説明すべき理論としてはかなり深刻な問題である。

p208より
これからは、2つのセクターではなく3つのセクターが必要である。政府と企業に加えて市民セクター、あるいは第三セクターと呼ばれるもの、すなわちNPO(NGO)が必要である。

p209より
利益に関心をもつだけの市場には、社会の面倒を見ることに関心も能力もない。

p217より
日本の産業すべてが効率的で競争力をもつとの説は、まったくのまちがいである。国際競争にさらされている部分は、先進国のなかでもっとも少ない。自動車と電子機器の二つの産業が中心である。全体の約8%にすぎない。したがって、日本にはグローバル経済の経験がほとんどない。産業のほとんどが保護されたままであり、おそろしく非効率である。

p221より
危機にあって自由化を望むのは無理である。アジアに限ってのことではない。自由化は長期的には経済の発展につながるが、短期的には混乱をもたらす。
”第3部 マックスウェーバーの著作”に入ると途端に難しいです。
マックスウェーバー

”マックス・ウェーバー 講談社学術文庫”

3ー6 ”支配の社会学”に行くまで読めるかなあ(笑)。
今、3ー4 ”古代ユダヤ教”を読み始めたばかりです。
岩波文庫版の三分冊(未読)は既に持っているので楽しみです。
3ー3 ”プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神”を読んでいると
やはり、ゲーテの”ヴィルヘルム・マイスターの修業時代”、”ファウスト”は読んでおかないといけませんね。

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P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第3部 第2章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第2章 人こそビジネスの源泉
p167~p168
さしたる注目を集めることなく、いま驚くべきことがビジネスの世界で起こっている。第一に、働き手のうち唖然とするほど多くの者が、現に働いている組織の正社員ではなくなった。第二に、ますます多くの企業が雇用と人事の業務をアウトソーシング(外部委託)し、正社員のマネジメントさえしなくなった。
この二つの流れが近い将来に変わる気配はない。むしろ加速していくものと思われる。もちろん、そこには本章に述べるような理由がある。
とはいえ、この組織と働き手との関係の希薄化はきわめて危険である。雇用関係にない人材の長期の受け入れや、雇用関係の雑務からの解放によるメリットの享受は、たしかに一つの行き方である。だがその間において、人の育成こそもっとも重要な課題であることを忘れてよいはずがない。それは知識経済下に勝つための必須の条件である。雇用と人事を手放すことによって、人を育てる能力すら失うならば、小利に目が眩んだとしかいいようがない。

p180より
知識労働者の生産性の重要度については強調しすぎることがない。知識労働の特性は、働き手が労働力ではなく資本だというところにある。資本の働きを決めるものは費用の多寡ではない。量でもない。

p182より
実は、書類仕事を減らすことのメリットは、人間関係に使う時間を増やすことにある。企業の幹部たる者は、大学の学部長やオーケストラの指揮者ならば当然のこととしていることを知らなければならない。優れた組織をつくりあげる鍵は、働き手の潜在能力を見つけ、それを伸ばすことに時間を使うことである。

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P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第3部 第1章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第3部 ビジネス・チャンス
第1章 起業家とイノベーション
p153より
アメリカでは、起業家精神とはアイデアだと思っている。イノベーションとは研究開発、つまり技術のことだと思っている。しかし、起業家精神とは体系的な作業であり、イノベーションとは技術よりも経済に関わることである。それは事業を起こすためのものである。何も新しい見方ではない。1世紀以上も前に、エジソンが次々と発明していったのも、起業家精神とイノベーションをそのように捉えていたからだった。

p154~p159
第一のわな
 想定していなかったところで成功したときに生じる。多くの起業家が、市場よりも自分を信じたために消えていっている。
第二にわな
 彼らは利益が第一だと考える。利益は第二である。キャッシュフローが第一である。
第三のわな
 事業が成長してくると、おそろしく忙しくなる。成長はいろいろな問題をもち込む。生産が間に合わない。マネジメントが追いつかない。
第四のわな
 事業が成功していても、起業家が自分を中心に考えているときだ。

p161より
イノベーションとは、市場に追いつくために自分の製品やサービスを自分で変えていくことである。

p164より
それらのNPOが社会の問題についての起業家である。彼ら社会起業家は社会そのものの能力を変えていく。そこにこそ大きなニーズがある。

p165より
NPOには収益という評価基準がないからこそマネジメントが必要になる。大事なことは使命と活動を明確に定義し、継続的に評価していくことである。そして金銭的な報酬ではなく、責任と成果に満足を見出すボランティアを惹きつけ、留める方法を知らなければならない。

p166より
あらゆる国で政治家のリーダーシップを求める声が聞かれる。だが、それはまちがった声だ。あらゆるところで問題が起こっているのは、人に問題があるからではない。システムに問題があるからである。

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P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第2部 第3章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第3章 コンピュータ・リテラシーから情報リテラシーへ
p109より
情報理論の第一法則によれば、あらゆる中継器が雑音を倍増しメッセージを半減させる。同じことが、人のマネジメントをせず事業上の意志決定もしないマネジメント階層についていえる。それらの階層は情報の中継器にすぎない。したがって、そのような階層は必要ないということになる。

p110より
組織構造への影響よりもさらに重要な問題が、情報そのものの中身である。情報を道具として使うようになるや、それが何であり、何のためであり、どのような形であり、いつ得るべきであり、誰から得るべきであるかが問題となる。そしてそれらの問題を検討するや、必要な情報つまり重要な情報は、現在の情報システムでは得られないことを知るにいたる。現在の情報システムが与えてくれるものは社内の情報である。成果が生まれるのは社外においてである。

p113~114
大切なことは、外部の世界について十分な情報を手にして意志決定を行うことである。これは市場についていえる。消費者の変化や流通システムについていえる。技術の変化や競争相手についていえる。まさに、それらの変化が倒産を招きかねないからである。

p119より
時代の変化とともに、われわれ自身が変化しなければならない。読み書きとかけ算に毛の生えた程度の最低限のコンピュータ・リテラシーから情報を使ってものごとをなしとげるという情報リテラシーの域に達しなければならない。それは面白く価値のある挑戦である。
われわれはそのような時代の流れのなかにいる。その流れは速い。

p129より
今日の組織構造はマネジメントの階層を基本に組み立てている。それらの階層は、ほとんどが情報の中継器にすぎない。他のあらゆる種類の中継器同じようにできが悪い。情報は伝えられるたびに内容が半減する。これからはマネジメントの階層が急減する。その代わりに、情報を中継すべく残された者はきわめて有能でなければならなくなる。

p135より
▽この転換期をチャンスに転ずるにはどうしたらよいか?
変化を観察することである。しかもあらゆる世界を見ていくことである。そして、それらの変化が本物の変化か、一時の変化か、自分たちにとってチャンスかどうかを考えていくことである。見分け方は簡単である。本物の変化とは人が行うことであり、一時の変化は人が言うことである。話にばかり出てくるものは一時のものである。

p135より
誰もが変化に出会うと脅威かチャンスかを考える。脅威と見てしまうと、もうイノベーションは無理だ。何ごとであれ目論見と違うからといって軽視したり無視したりしてはならない。予期せぬことこそ最高のイノベーションのチャンスである。

p144より
先進国だけがもつ競争上の優位性は何か。2つの世界大戦時の経験から明らかなように、教育訓練である。

p145より
知識労働の生産性は、かつてのそれと比べて低下したとさえいってよい。教育や能力に関係のない仕事に時間をとられすぎている。アメリカの看護士は世界でも最高水準にある。しかし、看護士の仕事についてのあらゆるレポートが、彼らの時間の実に8割が看護以外の仕事に使われていることを明らかにしている。特に誰も読みさえしない書類づくりである。何の役に立つのかはわからない。それにもかかわらず書類は記入しなければならず、それは看護士がやらざるをえない。

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移ろいゆくものはすべて一個の比喩にすぎず ゲーテ
マックスウェーバー

”マックス・ウェーバー 講談社学術文庫”

2部まで読みました。3部は著作の紹介です。
むっちゃ面白いです。
ウェーバーってナショナリストだったそうで、
吃驚しました。
”職業としての学問”、”職業としての政治”を読む時に
時代背景とウェーバーの実践を知っておけば本当に面白いと思います。
この本も次に読もうと思っている”経済人の終わり”に繋がってくることが書いてあって、本当に楽しみです。
ウェーバーの言葉をそのままとらえ批判してはいけないなと実感。
意図を理解することが重要ですね。

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P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第2部 第2章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第2章 爆発するインターネットの世界
p92より
株価に気をとられずに、知識労働者の価値観について考えなければならない。私は元金融マンだ。株価というものは、実需ではなくディーラーの思惑によって動いているにすぎない。

p96より
教育の最大の障害は、職を奪われることを恐れる教師である。もう1つの障害は、途上国では教育が求められているとはかぎらないことだ。

p98より
平均寿命に寄与したのは労働環境の改善のほうである。私が生まれたころは、労働人口の95%が肉体労働に従事していた。そのほとんどが危険な仕事だったり、体力を消耗する仕事だった。
ところで、フランツ・カフカという名前を知っておられるか? オーストリアの偉大な作家だ。実は安全ヘルメットを発明したのが、そのカフカだった。

p101より
世界は自由貿易には向かっていない。自由貿易に向かっているのは情報産業だけである。財とサービス、特に製造業ついては保護主義化が進む。雇用が減れば保護が増えるのは当たり前である。農業で起こったことであり、製造業でも起こることである。

p103より
世界中で、製造業のブルーカラーが所得よりも大事なものを失いつつある。社会的な地位である。そこであたかも雇用の輸出であるかに見えるグローバル化に反対する。だが、そうではない。輸出される雇用などわずかである。たかが知れている。問題の根本は、国内で雇用が一変しつつあることにある。グローバル化への抵抗は続く。彼らは昨日の問題にとらわれている。しかし、それは今日の痛みゆえの抵抗である。

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【雑記】カテゴリーをちょっと整理しました。
カテゴリーが増えてきたので、ちょっと整理しました。
”システムはすべからく細分化する”と言ったのは
ベルタランフィだったと思いますが、
ホンマその通りですわ。
今年はタイトルを”気の利いたものにしたいな”と思っています。
「自分の弱さを知り叱咤激励し続けた者だけが勝利者になれる。」 にしようと思ったのですが、ちょっと長すぎるしなあ。
まあボチボチやりますわ。
P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第2部 第1章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第2部 IT社会のゆくえ
第1章 IT革命の先に何があるか?
p88~89
21世紀のイギリスになることを防ぐには何が必要か。それは社会の価値観における劇的な変化である。鉄道後の工業化社会においてリーダーシップを握るには、職工から製造テクノロジストへの劇的な転換が必要とされたのと同じである。
IT革命とは、実際には知識革命である。諸々のプロセスのル-ティン化を可能にしたものも機械ではなかった。コンピューターは道具であり、口火であるにすぎなかった。ソフトとは仕事の再編である。知識の適用、特に体系的分析による仕事の再編である。鍵はエレクトロニクスではない。認識科学である。

p90より
今日のような株主利益を目的とし目標とする経営では、10年ももたない。

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新年明けましておめでとうございます。
年末に何気なく”マックス・ウェーバー 講談社学術文庫”読み始めたら
めっちゃ面白いやないですか!
マックスウェーバー

ウェーバーの生まれ育った時代背景を知ることで、
論文の理解がホント深まりますね。
自らの足元の状況を理解し、どう行動するかの材料として、
今年から、ドラッカーとウェーバーを中心に読んでいこうと思っています。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


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