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甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
    ”Top Page” に戻る。

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望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
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【読書メモ】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ
”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

「ドイツ国民が、いつかもはや自らの生存のために血を流すほど強くも献身的でもなくなれば、ドイツ国民は滅び、他のもっと強力な国に絶滅されて然るべきだ。私は、ドイツ国民のために一滴の涙も流さないだろう。」(p281)
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【読書メモ】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ
”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

民主主義からの救済と解放という、非常に広く普及した感情だった。国民の多数が、もはや民主主義を欲しないのであれば、民主主義とは何であろうか? 当時、ほとんどの民主主義的政治家は、次のような結論を引き出した。我々は辞職する、我々は政治生活から身を引く。我々はもはやいてはならないのだ、と。民主主義政党は、1933年6月と7月に、ちょうど1918年11月にドイツの王侯たちが振る舞ったのと同じような態度をとったのである。(p217-p218)

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【読了】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ
ドイツ帝国の興亡

”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

”ヒトラー時代”から最後までは一気読み。
面白かったです。
現代ドイツにつながる歴史を知る(流れを掴む)には、
ちょうどいい本ではないかと思います。
そうして、それぞれの時代の小説や映画などで、
肉付けしていく。これがまた楽しいですね。
特にトマス・マンは是非読んでおきたい作家です。

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【読書メモ】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ
”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

戦後の時代の多くの人びとの憧れた指導者像は、不屈であると同時に抜け目のない、また秩序をつくり、自己の国民を規律に屈服させ、党利党略を終わらせ、単独で指導権を掌握し、それを操作する術にもたけている、そうした指導者像だった。(p203)

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【読書メモ】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ
”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

1932年末に、ドイツは、かなりの回り道をしながらも、1919年以来ドイツの力の再建がかかっていた2つの主要な抵当-巨額の賠償支払い義務と、ドイツの防衛力をごく小規模に保つ義務-をはらいのけたのである。ドイツは、今では再び、他の列強の間で大国として存立し、しかも今、ついに明らかになり、またロカルノによってすでに裏づけられていたように、東ヨーロッパと南東ヨーロッパでは、すでに一種の潜在的覇権国になっていたのである。これは、ヴァイマル共和国時代のうちに目指されていたすべてのドイツ修正主義の決定的成果だった。だがこの成果は、今となっては、完全に変化したドイツの役に立ったのである(p184)

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【読書メモ】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ
”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

なお、手短に指摘しておきたいが、1930年から1933年にかけての窮乏化は、今日依然として、しばしば世界大恐慌の不回避的結果だったとみなされている。だが、1919年から1923年にかけてのドイツのインフレが、公債で資金調達され、その後、敗れた戦争の結果の一部でしかなかったのとまったく同じく、この窮乏化も、世界大恐慌の一部でしかなかった。まさに、どちらの場合も一部でしかなかったのである。戦後、適切な時期に通貨改革があれば、ドイツは、すべての貯蓄資産の全面的没収をしなくて済んだだろうし、別の経済政策があれば、ドイツでの世界大恐慌の結果は、激化するかわりに、かなり緩和されたかもしれない。そのような経済政策は、当時、イギリスの学者ケインズだけでなく、ドイツの経済学者たち-たとえばヴァーゲマン-によってもすでに推奨されていた。つなり、たとえ国家歳計のバランスを犠牲にしても、大規模な公共支出-それは「超過支出」とよばれた-によって、経済に再び刺激を与える政策である。ブリューニングは、まったく逆の政策を押し進め、世界大恐慌の結果を激化させ、賠償から逃れるために、ドイツ経済を意図的に完全に衰弱させたのである。上述のように、彼はそれに成功した。もちろんこの成功は、次章で示されるように、内政的には、窮乏化したドイツの大衆をヒトラーのもとへ駆り立てるという犠牲を払って得たものだった。(p182-p183)

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【読書中】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ(258/305)
ドイツ帝国の興亡

”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

ヒトラーを支えたものはテロとプロパガンダです。
テロはヒムラー、プロパガンダはゲッペルス。
ヒトラーの両輪ですね。
国防軍との打開をはかる(戦争遂行のため)ために、
レーム一揆をでっちあげ、突撃隊を弱体化させ、
それにかわるものとして親衛隊(ゲシュタポ)を大きくしていった、
という指摘には大きく頷かされました。
あと50ページぐらい。頑張って読もう!

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【読書メモ】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ
”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

ドイツのインフレで最初に苦しまなければならなかったのは、労働者というよりはむしろ、現金預金者の中間層だった。彼らの財産は、没収されたも同然だった。それが、非常なにがにがしさを生み出した。後にシュテファン・ツヴァイクは、1919年から1923年のインフレほど、ドイツ市民層をヒトラーのもとへ駆り立てたものはなかった、と書いた。
市民のにがにがしさには、それなりの理由があった。というのも、共和国政府は、インフレを無為に甘んじて受け入れただけでなく、それによって、重要な目的さえも追求したからである。支払いのできるような国際的に承認された通貨は、ドイツにはもはやないということで、政府は、賠償負担をはらいのけようとしたのである。(p173)

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【読書中】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ(161/305)
ドイツ帝国の興亡

”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

1918の章はとても参考になりました。
戦争終結の責任(国家破産も含めた)を議会に押し付けるために
議会制民主主義に移行せばならず、社会民主党が助力したということ。
国王たちが簡単に退位し、責任をとらされなかったこと
(ここは日本における廃藩置県と同じですね、
もちろん明治政府は共和制ではありませんが。)、などなど。
さて、いよいよヒトラーの登場です。

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【読書中】ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ(104/305)
ドイツ帝国の興亡

”ドイツ帝国の興亡―ビスマルクからヒトラーへ”

ビスマルクとカイザー時代を読みましたが
知識がないせいか、イマイチ分かりにくいです。
時代の雰囲気が感じられないというんですかね。
入門書として読むにはちょっときついかも。
もうすぐ返却日なので、気合いで読みます。

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