カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ごゆるりとどうぞ。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

プロフィール

甲賀幻妖斎

  • Author:甲賀幻妖斎
  • 工学部出身ですが、社会に出ると技術系の知識よりも
    社会科学の知識が必要とされることを痛感。
    組織と人間、それを取り巻く社会の関係について考えています。
    ”Top Page” に戻る。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

望山馳死馬。
社会、組織、人間のかかわりについて考えています。 主に、読んだ本や映画のメモです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第4部 第4章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第4章 NPOが都市コミュニティをもたらす
p267より
これからは都市社会の文明化が、あらゆる国、特にアメリカ、イギリス、日本などの先進国にとって最重要課題となる。しかし政府や企業では、都市社会が必要とするコミュニティを生み出すことはできない。それは、政府でも企業でもない存在、すなわち非営利の組織NPOの役割となる。

p270より
都市社会は文化の中心だった。芸術家や学者が活躍するところだった。コニュニティが欠落していたからこそ上方への移動が可能だった。しかし、知的職業、芸術家、学者、さらには豊かな商人、ギルドの熟練職人からなる薄い層の下には退廃があった。無法、強盗、売春があった。
都市社会は病気の巣でもあった。都市が人口を維持できるようになったのは、わずか100年前である。人口は田舎社会からの流入によって維持されていた。都市の平均寿命が田舎のそれに近づきはじめたのも、19世紀に上下水道と公衆衛生が普及した後だった。

p271より
都市社会は田舎社会の強制と束縛から人を解放した。そこに魅力があった。しかしそれは、それ自体のコニュニティをもちえなかったために破滅的だった。
人はコミュニティを必要とする。建設的な目的をもつコミュニティが存在しないとき、破滅的で残酷なコミュニティが生まれる。ヴィクトリア朝のイングランドがそうでだった。今日のアメリカ、そして世界中の大都市がそうである。そこでは無法が幅をきかす。
スポンサーサイト

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第4部 第3章
next society
”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第3章 大事なのは社会だ-日本の先送り戦略の意図
p250~p251
日本についての正しい仮説は次のとおりである。
第一が、官僚の優位性はほとんどあらゆる先進国で見られるとの仮説である。
第二が、日本の官僚は、われわれが考えるよりもはるかに耐久力があるというものである。
第三が、先進国では、アメリカを別として、社会の維持にはエリートの指導力が必要とされているというものである
第四が、日本では先送り戦略が有効であるというものである
第五が、日本の政治家、官僚、経済界などの政策形成者にとっては、大事なのは経済よりも社会であって、先送りこそ合理的な戦略であるというものである。

p254より
日本のような、家柄や富ではなく能力に基礎を置く指導層というものにはおそるべき耐久力がある。信用をなくし敬意を失った後も長い間、力を持ち続ける。そのよい例が、かつてのフランス軍部だった。

p255より
自らの力を奪おうとするあらゆる試みを挫折させるという、時のエリート指導層のおそるべき力は日本特有のものではない。先進国、特に民主主義の先進国は、エリート指導層を不可欠とする。何らかの指導層が存在しないことには、社会と政治が混乱に陥る。民主主義そのものが危うくされる。

p257より
非民主的との批判に対しては、ドゴールとアデナウアーのいずれもが、民主主義社会はエリート指導層が存在しなければ解体すると答えた。そのとおりだった。
ワイマール時代のドイツでは、軍部は拒否権を握り続けたものの、第一次大戦の敗戦によって著しく信頼を損なっていた。それまで軍部の風下にあった官僚は、共和制そのものに対する態度で二分していた。ようやく台頭した経済人や専門職業人は、新参者にすぎなかった。このエリート指導層の欠落がワイマ-ル共和国の崩壊を招いた。

p258より
ドイツの偉大な経済学者マックス・ウェーバーは、一般的現象としての官僚の存在を明らかにし、その特質は経験を準則化して自らの行動基準とすることにあるとした。今日の日本の官僚の行動、特に危機的な状況をめぐっての行動は、三つの経験、うち二つは成功、一つは失敗の経験を基準としている。

p264~265より
日本の官僚がいかに考え、いかに働き、いかに行動するかを理解するうえでもっとも重要なことは、日本にとっての優先順位を知ることである。
アメリカでは、安全保障が脅かされるときを除いて、もっとも重要なものは経済であるとされる。しかし日本にとっては、もっとも重要なものは社会である。しかも、ここでも日本が一般的であって、アメリカが例外である。アメリカ以外の先進国では、政治にとって経済は唯一の関心事ではないし、もちろん最大の関心事でもない。経済は制約条件にすぎない。社会こそもっとも重要である。
P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第4部 第2章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第2章 対峙するグロ-バル経済と国家
p234より
国民国家の政府が自制するとの望みは幻想にすぎなかった。しかし今日では、グローバル経済が各国政府に厳しい制約を課している。国民国家に対し責任ある財政政策に戻るよう圧力をかけている。

p244より
アメリカは世界最大の経済大国であり、今後もその座を維持し続けるに違いない。しかし、グロ-バル経済をアメリカの価値、法律、経済にはめ込む試みは、結局は不毛に終わる。一夜にしていかなる主役も登場しうるグロ-バル経済においては、全能の経済大国はありえない。
いままさに、グローバル経済全体が受け入れ可能な強制力のある価値、法律、経済のルールが必要とされている。グロ-バル経済のためのルールを策定し、執行する力をもつ国際機関と国際法の発展こそ、今日われわれに課された課題である。

p248より
今日、国際赤十字が傷病者と戦争捕虜の処遇に関して行なったことを、民間人とその財産に関しても行なわなければならない。ここにおいても、国際赤十字と同じように、国民国家の主権を相当程度制限することのできるグロ-バル機関が必要とされている。

p248より
この200年を見るかぎり、政治的な情熱と国民国家の政治が、経済的な合理性と衝突したときには、必ず政治的な情熱と国民国家のほうが勝利してきている。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第4部 第1章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第4部 社会か、経済か
第1章 社会の一体性をいかにして回復するか?
p230より
これから始まる新たな1000年、あるいは100年におけるわれわれに課された最大の課題が、それらの諸々の組織の自立性を保ちつつ、しかもグローバル企業にあっては主権国家の管轄さえ超えた自立性を保ちつつ、今日では戦時以外は失われてしまった社会の一体性をいかにして回復するかである。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第3部 第4章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第4章 資本主義を越えて
p203~p204
私が支持しているのは資本主義ではなく自由市場主義経済である。うまく機能していないが、他のものよりはましである。資本主義に対しては重大な疑念を抱いている。経済を最重要視し偶像化している。あまりに一元的である。
たとえば、私はアメリカの経営者に対し、所得格差を20倍以上にするなと何度も言ってきた。これを越えると、憤りとしらけが蔓延する。私は1930年代に、あまりの不平等が絶望を招き、ファシズム全体主義に力を与えることを心配していた。残念なことに、心配は当たった。
経営陣が大金を懐に入れつつ大量のレイオフを行なうことは、社会的にも道義的にも許されない。そのような行為が一般社員にもたらす憤りとしらけは、必ず高いつけとなって返ってくる。
人間として生きるということの意味は、資本主義の金銭的な計算では表せない。金銭などという近視眼的な考えが、生活と人生の全局面を支配することがあってはならない。

p205~p206
このような市場の種類や変化に関わる問題に加えて、市場経済理論には均衡を前提とするという欠陥がある。イノベーションどころか変化さえ扱えない。1911年にシュンペーターが明らかにしたように、経済活動の現実は創造的破壊による動的な不均衡である。
今日の理論では市場で起こっていることを説明できない。そもそも市場が予測可能なシステムではない。本質的に不安定なシステムである。不安定である以上、何者といえども自らの行動基盤を既存の市場に置くことはできない。人間行動を説明すべき理論としてはかなり深刻な問題である。

p208より
これからは、2つのセクターではなく3つのセクターが必要である。政府と企業に加えて市民セクター、あるいは第三セクターと呼ばれるもの、すなわちNPO(NGO)が必要である。

p209より
利益に関心をもつだけの市場には、社会の面倒を見ることに関心も能力もない。

p217より
日本の産業すべてが効率的で競争力をもつとの説は、まったくのまちがいである。国際競争にさらされている部分は、先進国のなかでもっとも少ない。自動車と電子機器の二つの産業が中心である。全体の約8%にすぎない。したがって、日本にはグローバル経済の経験がほとんどない。産業のほとんどが保護されたままであり、おそろしく非効率である。

p221より
危機にあって自由化を望むのは無理である。アジアに限ってのことではない。自由化は長期的には経済の発展につながるが、短期的には混乱をもたらす。
P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第3部 第2章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第2章 人こそビジネスの源泉
p167~p168
さしたる注目を集めることなく、いま驚くべきことがビジネスの世界で起こっている。第一に、働き手のうち唖然とするほど多くの者が、現に働いている組織の正社員ではなくなった。第二に、ますます多くの企業が雇用と人事の業務をアウトソーシング(外部委託)し、正社員のマネジメントさえしなくなった。
この二つの流れが近い将来に変わる気配はない。むしろ加速していくものと思われる。もちろん、そこには本章に述べるような理由がある。
とはいえ、この組織と働き手との関係の希薄化はきわめて危険である。雇用関係にない人材の長期の受け入れや、雇用関係の雑務からの解放によるメリットの享受は、たしかに一つの行き方である。だがその間において、人の育成こそもっとも重要な課題であることを忘れてよいはずがない。それは知識経済下に勝つための必須の条件である。雇用と人事を手放すことによって、人を育てる能力すら失うならば、小利に目が眩んだとしかいいようがない。

p180より
知識労働者の生産性の重要度については強調しすぎることがない。知識労働の特性は、働き手が労働力ではなく資本だというところにある。資本の働きを決めるものは費用の多寡ではない。量でもない。

p182より
実は、書類仕事を減らすことのメリットは、人間関係に使う時間を増やすことにある。企業の幹部たる者は、大学の学部長やオーケストラの指揮者ならば当然のこととしていることを知らなければならない。優れた組織をつくりあげる鍵は、働き手の潜在能力を見つけ、それを伸ばすことに時間を使うことである。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第3部 第1章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第3部 ビジネス・チャンス
第1章 起業家とイノベーション
p153より
アメリカでは、起業家精神とはアイデアだと思っている。イノベーションとは研究開発、つまり技術のことだと思っている。しかし、起業家精神とは体系的な作業であり、イノベーションとは技術よりも経済に関わることである。それは事業を起こすためのものである。何も新しい見方ではない。1世紀以上も前に、エジソンが次々と発明していったのも、起業家精神とイノベーションをそのように捉えていたからだった。

p154~p159
第一のわな
 想定していなかったところで成功したときに生じる。多くの起業家が、市場よりも自分を信じたために消えていっている。
第二にわな
 彼らは利益が第一だと考える。利益は第二である。キャッシュフローが第一である。
第三のわな
 事業が成長してくると、おそろしく忙しくなる。成長はいろいろな問題をもち込む。生産が間に合わない。マネジメントが追いつかない。
第四のわな
 事業が成功していても、起業家が自分を中心に考えているときだ。

p161より
イノベーションとは、市場に追いつくために自分の製品やサービスを自分で変えていくことである。

p164より
それらのNPOが社会の問題についての起業家である。彼ら社会起業家は社会そのものの能力を変えていく。そこにこそ大きなニーズがある。

p165より
NPOには収益という評価基準がないからこそマネジメントが必要になる。大事なことは使命と活動を明確に定義し、継続的に評価していくことである。そして金銭的な報酬ではなく、責任と成果に満足を見出すボランティアを惹きつけ、留める方法を知らなければならない。

p166より
あらゆる国で政治家のリーダーシップを求める声が聞かれる。だが、それはまちがった声だ。あらゆるところで問題が起こっているのは、人に問題があるからではない。システムに問題があるからである。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第2部 第3章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第3章 コンピュータ・リテラシーから情報リテラシーへ
p109より
情報理論の第一法則によれば、あらゆる中継器が雑音を倍増しメッセージを半減させる。同じことが、人のマネジメントをせず事業上の意志決定もしないマネジメント階層についていえる。それらの階層は情報の中継器にすぎない。したがって、そのような階層は必要ないということになる。

p110より
組織構造への影響よりもさらに重要な問題が、情報そのものの中身である。情報を道具として使うようになるや、それが何であり、何のためであり、どのような形であり、いつ得るべきであり、誰から得るべきであるかが問題となる。そしてそれらの問題を検討するや、必要な情報つまり重要な情報は、現在の情報システムでは得られないことを知るにいたる。現在の情報システムが与えてくれるものは社内の情報である。成果が生まれるのは社外においてである。

p113~114
大切なことは、外部の世界について十分な情報を手にして意志決定を行うことである。これは市場についていえる。消費者の変化や流通システムについていえる。技術の変化や競争相手についていえる。まさに、それらの変化が倒産を招きかねないからである。

p119より
時代の変化とともに、われわれ自身が変化しなければならない。読み書きとかけ算に毛の生えた程度の最低限のコンピュータ・リテラシーから情報を使ってものごとをなしとげるという情報リテラシーの域に達しなければならない。それは面白く価値のある挑戦である。
われわれはそのような時代の流れのなかにいる。その流れは速い。

p129より
今日の組織構造はマネジメントの階層を基本に組み立てている。それらの階層は、ほとんどが情報の中継器にすぎない。他のあらゆる種類の中継器同じようにできが悪い。情報は伝えられるたびに内容が半減する。これからはマネジメントの階層が急減する。その代わりに、情報を中継すべく残された者はきわめて有能でなければならなくなる。

p135より
▽この転換期をチャンスに転ずるにはどうしたらよいか?
変化を観察することである。しかもあらゆる世界を見ていくことである。そして、それらの変化が本物の変化か、一時の変化か、自分たちにとってチャンスかどうかを考えていくことである。見分け方は簡単である。本物の変化とは人が行うことであり、一時の変化は人が言うことである。話にばかり出てくるものは一時のものである。

p135より
誰もが変化に出会うと脅威かチャンスかを考える。脅威と見てしまうと、もうイノベーションは無理だ。何ごとであれ目論見と違うからといって軽視したり無視したりしてはならない。予期せぬことこそ最高のイノベーションのチャンスである。

p144より
先進国だけがもつ競争上の優位性は何か。2つの世界大戦時の経験から明らかなように、教育訓練である。

p145より
知識労働の生産性は、かつてのそれと比べて低下したとさえいってよい。教育や能力に関係のない仕事に時間をとられすぎている。アメリカの看護士は世界でも最高水準にある。しかし、看護士の仕事についてのあらゆるレポートが、彼らの時間の実に8割が看護以外の仕事に使われていることを明らかにしている。特に誰も読みさえしない書類づくりである。何の役に立つのかはわからない。それにもかかわらず書類は記入しなければならず、それは看護士がやらざるをえない。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第2部 第2章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第2章 爆発するインターネットの世界
p92より
株価に気をとられずに、知識労働者の価値観について考えなければならない。私は元金融マンだ。株価というものは、実需ではなくディーラーの思惑によって動いているにすぎない。

p96より
教育の最大の障害は、職を奪われることを恐れる教師である。もう1つの障害は、途上国では教育が求められているとはかぎらないことだ。

p98より
平均寿命に寄与したのは労働環境の改善のほうである。私が生まれたころは、労働人口の95%が肉体労働に従事していた。そのほとんどが危険な仕事だったり、体力を消耗する仕事だった。
ところで、フランツ・カフカという名前を知っておられるか? オーストリアの偉大な作家だ。実は安全ヘルメットを発明したのが、そのカフカだった。

p101より
世界は自由貿易には向かっていない。自由貿易に向かっているのは情報産業だけである。財とサービス、特に製造業ついては保護主義化が進む。雇用が減れば保護が増えるのは当たり前である。農業で起こったことであり、製造業でも起こることである。

p103より
世界中で、製造業のブルーカラーが所得よりも大事なものを失いつつある。社会的な地位である。そこであたかも雇用の輸出であるかに見えるグローバル化に反対する。だが、そうではない。輸出される雇用などわずかである。たかが知れている。問題の根本は、国内で雇用が一変しつつあることにある。グローバル化への抵抗は続く。彼らは昨日の問題にとらわれている。しかし、それは今日の痛みゆえの抵抗である。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

P・F・ドラッカー;ネクスト・ソサエティ、第2部 第1章
next society

”P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳);ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる”

第2部 IT社会のゆくえ
第1章 IT革命の先に何があるか?
p88~89
21世紀のイギリスになることを防ぐには何が必要か。それは社会の価値観における劇的な変化である。鉄道後の工業化社会においてリーダーシップを握るには、職工から製造テクノロジストへの劇的な転換が必要とされたのと同じである。
IT革命とは、実際には知識革命である。諸々のプロセスのル-ティン化を可能にしたものも機械ではなかった。コンピューターは道具であり、口火であるにすぎなかった。ソフトとは仕事の再編である。知識の適用、特に体系的分析による仕事の再編である。鍵はエレクトロニクスではない。認識科学である。

p90より
今日のような株主利益を目的とし目標とする経営では、10年ももたない。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。